Skydio Ascend 2025カンファレンスレポート第2回は米国で実装が進んでいる「DFR(Drone as First Responder)」についてKeynoteで取り上げられたトピックスを中心にその概念が生まれた背景、その導入がもたらす影響や実例を取り上げます。
DFR(Drone as First Responder)は、警察や消防といった公共安全機関が緊急通報を受信した際に、地上の担当者が到着する前にドローンを第一応答者として自動的に現場へ派遣し、状況をリアルタイムで把握・共有するプログラムを指します 。このアプローチは、従来の緊急対応モデルを変革するものであり、米国ではその有効性が広く認識され、急速に普及が進んでいます。
DFRがこれほどまでに注目される背景には、3つの優位性があります。
①迅速な状況把握と対応時間の短縮: 従来の緊急対応では、地上スタッフが現場に到着するまで数分を要しますが、DFRプログラム下のドローンは、通報後数十秒で離陸し、わずかな時間で現場に到達できます 。これにより、火災の延焼方向、災害現場の全体像、行方不明者の位置などを初期段階で正確に把握することが可能となり、初期対応の質を向上させます 。この「時間と距離の獲得」が、人命救助や事態の鎮静化に大きな影響を与えています。
②現場の安全性向上とリスク軽減: これは日本ではあまり馴染みのない領域でありますが、武装立てこもり、化学物質の流出出、さらには危険な地形での捜索救助活動といった、人間が直接立ち入るには危険すぎる状況において、リモートでの精査を可能にします 。地上隊員が危険に晒される前に、上空から安全なルートや危険源の特定を行い、正確な情報に基づく作戦立案を可能にします。これは、ドローンが単なる道具ではなく、人間の生命を危険から守るためのなくてはならないインフラとして機能していることを示しています 。
③効率的な連携とコミュニケーション: ドローンがリアルタイムで捉えた映像は、司令部や複数の関係機関(例:警察、消防)に瞬時に共有されます 。これにより、情報共有の混乱を防ぎ、部門を超えた効果的な連携を可能にします。司令官は現場の状況を共有された視点で把握し、より効果的な指揮統制を行うことができます。
今回のサンフランシスコ滞在中に、DFRで飛行するドローン「Skydio X10」を目にする機会がありました。あまりにも自然に街中を飛行している姿に、DFRがすでに社会に溶け込んでいることを実感し、深く驚かされました。
DFRプログラムの普及を飛躍的に加速させているのが、ドローンポート技術です。ドローンポートは、ドローンを常時充電し、雨天などの悪天候を含むあらゆる条件下で緊急時に自動で離陸・着陸できる無人システムであり、人間の介在なくミッションを開始できるため、ドローンの運用モデルを「戦術的なツール」から「戦略的なインフラ」へと転換させます 。
ドローンポートがDFRの価値を最大化する理由として3点あります。
①24時間365日の迅速な自動展開: ドローンポートは、日中、夜間、そして悪天候時であっても、人間が手動でドローンを準備・展開する手間を完全に排除します 。これにより、特定のドローンパイロットの勤務時間や、現場への移動時間に依存することなく、緊急事態への即応態勢を常に維持することが可能になります。
②遠隔操作モデルの実現とオペレーターの負担軽減: ドローンポートは、ドローンを遠隔地にある管制センターから操縦することを可能にします 。これにより、一人のオペレーターが複数のドローンを管理し、複数の緊急現場に同時対応できる「ハイブ(巣)」モデルが実現します 。このシステムにより、現場の隊員は飛行操作に煩わされることなく、本来の職務に集中でき、人的リソースが最大限に活用されます。
③複数ドローンの一括管理と都市全体へのカバレッジ拡大: 警察署や消防署、その他戦略的な拠点にドローンポートを分散配置することで、都市全体をドローンの監視下に置くことが可能になります 。過去の通報データ(Call for Service, CFS)を分析し、通報件数が多いエリアにドローンポートを効率的に配置することで、都市の広範囲をカバーし、DFRプログラムの価値を最大化します 。
このように、ドローンポートはDFRを、特定の現場でのみ使用される「戦術的な道具」から、都市全体の公共安全を支える「インフラ」として機能させるための基盤技術であると言えます。このインフラ化は、ドローンの即応性とコスト効率を飛躍的に向上させ、公共サービスとしての持続可能性を確保する上で不可欠な要素です。
なおSkydioのドローンポート Skydio Dock for X10はWi-Fiと上空LTEと通信環境に冗長性を持たせ飛行しています。Wi-FiはDockと物理的に接続された外部アンテナとの通信となるため、構造物との陰に隠れる低高度環境や数キロ先など長距離飛行では上空LTE通信が重要となってきます。ドコモグループでは日本で初めてのドローン向け商用料金プランを準備し通信キャリアの中でいち早く上空通信環境の整備を進めてきました。さらに2025年9月1日に上空LTE通信専用のパケット優先制御機能、「ワイドオプション」を提供開始し、お客様の利用状況に合わせ柔軟に選択いただけるプランを準備しています。
参考リンク : 上空LTE通信専用のパケット優先制御機能、「ワイドオプション」を提供開始
Skydio Ascend 2025のキーノートでは、DFRを実装しているニューヨークやラスベガスのスタッフの登壇に加えて同社のビジョンを具現化する複数の新製品と画期的なデモが披露されました。これらは、公共安全ミッションのあらゆる側面に対応する、包括的なソリューション群を構築するというSkydioの戦略を明確に示しています。
DFRプログラムの実装を拡大する上で鍵となるのが、Skydio DFR Commandというソフトウェアプラットフォームです。キーノートのライブデモでは、2名のオペレーターが8機のドローンを同時に管理し、複数の緊急通報に迅速に対応する様子が実演されました 。これは、ドローンポートと連携することで、単一のオペレーターが複数の現場にドローンを派遣し、遠隔で管理できる「One-to-Many(一対多)」オペレーションが現実のものであることを示しています 。このシステムにより、人的リソースを大幅に効率化し、より多くの事件や事故に迅速に対応することが可能になります 。
Skydioは、自律飛行機能をさらに進化させる新機能「Shadow」を発表しました。このAIソフトウェアは、人や車両といった被写体を自律的に追跡し、視覚的なロックを維持することができます 。これにより、オペレーターは複雑な手動操縦に煩わされることなく、状況判断や戦術的な意思決定に集中できるようになります 。
Shadowの特筆すべき点は、予測能力と適応性です。
a:全天候・夜間対応: Shadowは、昼夜を問わず、カラーセンサーとサーマルセンサーをシームレスに切り替えて追跡を継続します 。これにより、夜間の捜索や追跡活動の有効性が劇的に向上します。
b:追跡対象の再捕捉: 被写体が一時的に建物や障害物の陰に隠れて視界から外れても、ShadowはAIによる予測で動きを分析し、再び視界に入った際に自動的に追跡を再開します 。
c:ワンクリック追跡: Skydio DFR Command上では、ワンクリックで移動する車両を追跡するデモが行われ、その操作の容易さが強調されました 。
この機能は、特に米国の警察の追跡活動において、隊員の安全を確保しながら任務を遂行することに非常に大きな価値を提供します。
Skydio Ascend 2025では、DFRが、いかに現実の現場で人命を救い、社会貢献に繋がっているかを物語る数々の事例が紹介されました。特に、ラスベガス警察とニューヨーク市警察の取り組みは、その代表的な成功事例として取り上げられていました。
ラスベガス警察は(LVMPD)がドローンプロジェクトとして「プロジェクト・ブルースカイ」を組成し、ドローンを単なるツールではなく、市民の安全を守るための重要なインフラとして位置づけています。このプログラムの最大の成果は、緊急通報から90秒以内にドローンを現場に派遣し、状況をリアルタイムで把握できるようにした点です。警察署や消防署に事前に配備された約75機のドローンは、目視外飛行(BVLOS)や、1人のパイロットが4機を同時に操作するといった画期的な規制緩和を国内で初めて獲得することで、効率的な運用を実現しています。この迅速な対応は、時間の猶予がない人命救助の現場で、警察官の到着を待つことなく、状況の把握と的確な指示を可能にしています。
アメリカ最大規模の都市で運営されるニューヨーク市警察(NYPD)のドローンプログラムは、法執行の枠を超えた「都市インフラ」としての可能性を追求しています。911通報への対応だけでなく、ドローンはニューヨーク市建築局(DOB)と連携し、100万棟以上の建物のファサード(外壁)や屋上を効率的に検査しています。従来は危険で時間のかかっていた作業を、ドローンが安全かつ迅速に代替することで、街全体の安全管理が飛躍的に向上しました。ニューヨーク市のこの取り組みは、ドローン投資の価値が警察活動だけでなく、建築、公共事業、インフラ管理など、都市運営のあらゆる分野で発揮されることを示しています。
いずれの事例もその運用を実現するためのRegulatoryへの深い理解とそれに沿った運用の実現が欠かせないことを忘れてはいけません。DFRプログラムを成功させるためには、単に優れたドローンを導入するだけでは不十分であり、組織全体の戦略的な計画が不可欠となります。
今回のSkydio Ascend 2025ではKeynoteの前にSkydioのVice President, Global Aviation Regulatory AffairsのJenn Player氏によるRegulatoryに関する講演が開催されています。本セッションは他のパネルとは違い同時間帯唯一の単独講演であり、その講演に多くの警察機関のメンバーが参加していたことが米国におけるDFRの関心の高さを象徴していました。
Skydio Ascend 2025は、自律型ドローンが公共安全の「インフラ」として、社会のレジリエンス(強靭性)をいかに高めるかという未来像を提示していました。このビジョンは、自然災害が多発し、少子高齢化に伴う労働力不足が深刻化する日本において、特に重要な意味を持ちます。日本でも福島県昭和村で山岳救助を目的とした実証実験が行われ夜間探索における有効性が示されSkydio X10が導入されています。
参考リンク : docomosky活用事例-インフラメンテナンス編-
DFRは、今後日本においても迅速な被害状況把握や救助活動支援に極めて大きな潜在的価値をもち、公共サービスの維持・向上に役立つ存在となることが期待されます。
Ascend 2025の期間中、サンマテオ警察の関係者と深く話す機会に恵まれました。彼らも既にDock for X10をDFRで実装しています。その会話の中で米国独自の文化である「チャレンジコイン」をいただく機会がありました。これは単なる記念品ではなく、深い歴史と意味を持つ、米国文化の象徴的なアイテムです。
チャレンジコインの起源には諸説ありますが、現代では、軍隊や警察、消防、さらには企業やコミュニティでも、この文化は継承されています 。チャレンジコインは、その組織やチームへの所属意識、名誉、そして互いの功績を称え合う絆の証として機能しています 。また、バーなどでコインをテーブルに叩きつけ、「挑戦」を仕掛けるという伝統的な儀式もあり、これによりチームの連帯感を高める役割も担っています 。
Ascend 2025の会期中にもチャレンジコインを交換する場面に出くわしたりSkydio R10のノベルティとしてチャレンジコインが作成されていたりDFRの盛り上がりを体感する出来事でした。
真ん中がサンマテオ警察から頂いたチャレンジコイン